奢り高ぶる安倍自民・壊滅に向かう健全野党と危機に陥る民主主義/私の山本太郎擁護論

<当ブログ「橋下維新は答えではない!」シリーズ:橋下維新の正体↓>
その①ファシストは人々の心に巣食うファシズムに囁きかける
その②形骸化する民主主義:選挙で選ばれぬ人たちが政治を動かしている
その③選挙で選ばれぬ新自由主義者たちによって売りに出される大阪:大前研一と竹中平蔵の影
その④【地下鉄利権】関西私鉄幹部が大量に大阪市参与に就任していたことが判明。裏で進められる公共財の解体と簒奪。/一刻も早く橋下リコール運動を開始すべし。
その⑤【大阪地下鉄民営化利権続報】在阪マスコミは関西私鉄の事実上支配下にある!マスコミが橋下維新・地下鉄「民営化」問題を報じない理由

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[壮絶な参院選選挙予想・自民党の圧勝と新自由主義翼賛体制の成立]

7月の参院選の選挙予想が週刊現代(5月25日号)産経新聞(5月29日付)で出ていたのでご紹介したい。産経の方は比例代表のみの予想である。週刊現代の方は各選挙区も含めた詳細な予想が出ている。
なお参議院は定数242で任期は6年。衆議院のような任期途中の解散はなく、定数の半分を3年ごとに改選する方式。選挙は都道府県ごとの大選挙区(定数1~5)と全国区の比例代表制(非拘束名簿)の並立制で、選挙区と比例の重複立候補はできない。

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この資料の見方―左の「現有議席数」は現在の議席であり、すぐ右の「非改選」は現有議席数に占める非改選議席数。「予想獲得議席数」は今回の選挙で獲得が予想される議席数。先程の非改選議席数と予想獲得議席数を併せたものが太字で示した「予想議席数」となる。この「予想議席数」が次期参議院の勢力分布の予想となる。「予想議席数」から「現有議席数」を引くと、今回の選挙での増減の予想となる。
右側の累計は与党の自民・公明(青色)及びそこに「ゆ党」である維新・みんな・民主を足していった累積議席数とそれが全議席に占める割合、さらに完全野党と言える共産・生活・社民・みどりの累積議席数と割合を「与ゆ党」と「野党」にわけて表示。

<予想される自民の圧勝>

週刊現代は、自民党は選挙区の1人区全てで勝利し、2~5人区の全てでも当選者を出す「完全勝利」という圧勝を予測している。もちろんこれは単なる調査に基づく予想でしかなく、これがそのまま当たるとは限らない。投票率が上がれば、大きく異なる結果となる可能性もある。しかし現在の内閣支持率の高さやマスコミの報道も鑑みれば、7月までに波乱が起きず、このままの情勢であるとしたら、これに近い結果となるのではないかと私は思う。

大きく異なるとすれば維新が獲得議席を減らす可能性があるということであろう。週刊現代の調査では2~5人区で維新の候補の当選が見込まれているが、ひょっとすれば調査の時期が古く、直近の橋下徹の騒動の余波を反映していない可能性がある。他の政党が付け入るチャンスがあるとすればこうした選挙区であるはずだ。

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しかし、週刊現代よりも調査データが新しいと思われる産経の比例代表の調査の1月と5月を比較すれば、維新が徐々に支持を失っている分を他の野党が吸収できず、自公が吸収していることが見て取れる。生活がかろうじて1議席を取れるかどうかというところである。

仮にこの選挙予測で示された通りの結果になれば、最初の表で示したように、自民は単独過半数を獲得し、公明とあわせて安定多数を確保する。さらに維新あるいはみんなの党のいずれかの協力を取り付けることができれば絶対安定多数を確保する。

そしてみんなの党と維新の双方の協力を取り付ければ、参議院の3分の2を制することとなる。憲法96条の改正について、維新はそもそも賛成である。みんなの党に関しては党首の渡辺喜美が「公務員制度改革などが実現しない場合は反対する考え」(毎日、5月10日付)を示しているものの、憲法改正そのものについて反対しているのではない。

民主は改憲に反対するということを参議院選の公約に掲げることにしている(ANN、5月31日)。しかし民主党内部でも改憲派はおり、一旦改憲案が提出されれば、それをきっかけに党が二分する可能性もある。

<新自由主義翼賛体制の成立>

民主党はそもそも政権与党時代から、菅・野田内閣のTPP推進・消費税増税という財界マスコミ重視・反国民生活路線によって党内で二分し、その結果民主党内の意見集約をせず、党内反対派を干しあげ、野党である自民党・公明党と「民自公」協力関係を築くという、非常に歪な形で自民・公明と協力関係を維持してきた間柄である。こうした経緯から民主党も健全な野党と呼ぶには程遠く、与党と野党の間の「ゆ党」と呼ぶに相応しい。

また極端な新自由主義・構造改革路線の政策を掲げる維新とみんなの党はそもそもから政策に大きな隔たりはなく、両党は共同公約を掲げるべく作業を進めてきた。選挙協力が破談になったのは橋下徹の一連の慰安婦騒動のためである。そして従来から指摘してきた通り、安倍晋三と橋下徹は蜜月関係にあり、安倍は橋下を「同志」と呼んできた。安倍政権が維新のブレーンだった竹中平蔵を起用し、TPP推進・道州制推進・構造改革推進・憲法改正という新自由主義路線に突き進み、もはや自民と維新の路線は同じものとなってしまった。みんなの党も維新も当然健全な野党とは言えず、民主党よりもより自民に近い「ゆ党」と言えるであろう。これら政策的に同質的な自民・公明・維新・みんな・民主をあわせると、なんと参議院の94%を占めるという恐るべき事態になろうとしている。

マスコミは国民に対して、あたかも自民・公明の与党に対して、民主・みんな・維新が野党として存立しているかのように構図を描いて報じ、維新・みんなを「第三極」などと名付け、朝日新聞などはあたかも民主が「リベラル勢力」であるかのような取り扱いをしているが、こうしたマスコミの報道は欺瞞も甚だしく、実態を覆い隠してしまうものだ。

TPP反対派の国民が非新自由主義グローバリズムの選択を託して誕生させた安倍政権が、政権発足と同時に瞬く間に人々を裏切って新自由主義グローバリズム路線に走った今となっては、これらの政党は表面に見える差異はあれど、全てバックボーンは新自由主義によって貫かれており、もはや大きな違いはないといっていい状況である。
このまま参院選に突入すれば、衆参ともに立法府が新自由主義勢力によってほぼ占拠されるという異常事態が訪れることになる。

<TPPの批准阻止は絶望的・日米協議を潰すべし>

このような状況下で、TPP交渉が妥結すれば、批准阻止は絶望的である。安倍政権がTPPを推進している以上はたとえ自民党の半数がTPP反対を言っても、実際に批准で造反し反対に回るのはごく少数にとどまることが予想される。自民が選挙予想の通り圧勝すれば、安倍政権の基盤は盤石となり、造反はより難しいものとなる。しかも名目は「野党」とされる民主・維新・みんなが賛成に回れば、自民から多少の造反が出たとしても容易に過半数を取れてしまう。衆議院においても同様で、条約の批准は衆議院の優越が認められている。

繰り返しになるが、安倍政権発足直後からの暴走ぶりを見てもわかる通り、TPPで被害を蒙ることが必至の中間団体は選挙に際してより高いハードルを設定しなければ、また容易に裏切られることになるであろう。自民が圧勝すれば、それは安倍政権の信任であり、安倍政権の進めるTPP・道州制・新自由主義構造改革も全て信任されたと見做される公算が高く、少なくともマスコミはその論調で報じ、ムードを作ってくるに違いないからだ。

TPPが潰れる可能性があるとすれば、交渉そのものが妥結しないこと、そして日米協議が合意に至らないことである。TPPは表面上の報道とは異なり、実際は交渉が難航していると言われる。交渉が決裂すれば、TPPは潰える。しかし我々が注意を払わなければならないのが日米交渉である。TPPが潰れたとしても、日米交渉が残れば、日米FTAに持ち込まれる可能性がある。グローバル資本による韓国のネオ植民地化の総仕上げである米韓FTAと同じ結果になることが予想される。我々は今後自民党の圧勝がそのままTPP信任と見做されぬよう工夫を凝らすとともに、TPP反対派を一人でも多く当選させ、かつ日米協議の動向を監視し、これを潰すべく戦術を転換していく必要がある。

[調子に乗り傲慢になる自民]

<ブラック・ワタミを参院選の看板候補として比例で擁立>

「自民党はブラック企業対策として、社名の公表も含めて検討すべきだとする提言をまとめた。今夏の参院選の公約にも反映させる方向」(弁護士ドットコム)という記事は5月28日付のものであるが、驚くべきことに自民党は7月の参院選で、ネット上では「ブラック企業」として名高いワタミ会長の渡邉美樹を比例で擁立することを決めた。安倍晋三が直接会って出馬を要請したという(記事リンク)。

ブラック企業対策を公約に盛り込む政党が、党の顔である看板候補としてブラック企業の経営者を擁立するというのであるから、まさに「安倍こべ」であり、「ブラック・ジョーク」そのものである。こんな党が掲げるブラック企業対策なるものも有名無実のもので、却ってブラック企業にお墨付きを与え跋扈させるものになるだろうことは想像に難くない。

*関連記事『ワタミ社内文書入手 渡辺美樹会長が「365日24時間死ぬまで働け」』(週刊文春、6月5日)

<反旗を翻したJA山形県連と農家を恫喝した自民党・西川公也衆議院議員>

5月30日、山形県農協政治連盟が反TPPを掲げる現職でみどりの風政調会長の舟山康江の推薦を決めた。翌31日、自民党TPP対策委員長の西川公也衆院議員が来県。『米沢市内で農業関係者や地元議員ら約50人を前に「いま自民党を敵にして農業が大丈夫だと思っているのか」と、県農政連の対応に怒りをあらわにした』(毎日新聞6月2日)。

選挙の際には支持者にペコペコと頭を下げる政治家も、一旦権力を手にすれば豹変するという見本のようである。一体何様のつもりなのであろうか。彼らはTPPに邁進する安倍の暴走を体を張って止めようとしただろうか。民主党政権時代の山田正彦元農水相を筆頭に民主党TPP反対派の方が断然TPP阻止のために努力をしたと言える。自民党に政権交代をしてからというもの、権力中枢からの情報が全くといっていいほど出てこなくなったのはどうしてなのか。

私はJA山形の英断に心から拍手を送りたい。また、舟山康江氏の健闘を祈る。こうした動きが大きくなることで、前述の選挙予想も覆ることにつながり、またTPP反対の民意を選挙結果に反映させることができるであろうと思う。他のJAもJA山形に続くべきであろう。

[選挙協力すらままならぬ野党の惨状と山本太郎の奮闘]

ここで論じる野党とは民主・維新・みんなの党というTPP推進を掲げる新自由主義「ゆ党」のことではなく、TPP反対を掲げる非新自由主義勢力の生活・社民・みどり・共産のことである。上記の選挙予想では、これらの政党の予想獲得議席数は全国組織を維持している共産党の5議席のみで、辛うじて生活が比例で1議席取れるかどうかという情勢である。そして非改選の議席を含めた予想議席数ではこれら全ての政党をあわせても12議席・全体の5%という存亡の危機に立たされている。

一般国民にすればなぜこれらの政党が選挙協力を大々的にしないのか謎であると思う。党の当事者・関係者にすれば護持すべき主張やプライドといったものが当然あるだろう。しかし、一般国民の殆どは例えば社民党と共産党の政策の差異、みどりの風と生活の党の政策の差異を明確に説明することができるであろうか。

民主主義の理想を信奉し、今目の前にある日本の危機的な民主主義の現状という現実から目を背けて、ひたすら己の殻に閉じこもっていくのであれば、結局どこの党も「私だけが正しい」といった共産党と同じ類の独善性の罠に陥ることになるのではないかと思う。小さいながらも政党助成金の給付を受けず全国組織を維持できている共産党を別にして、政党助成金に依存する生活・社民・みどりの3党にとっては、今後の選挙活動を考えると、ここでの敗北は致命的なものとなるかも知れない。議席数が少なくなればなるほど、政党助成金は減り、活動の範囲は狭められ、候補の擁立が益々困難になっていくのだ。是非とも立法府で活躍して頂きたい人材が溢れるこれらの党であるが、このまま手を打たねばかなり苦しい状況になることが予想される。

そしてこれらの党の敗北は、党の敗北のみならず、日本の議会制民主主義にとっても危機的な状況を現出することになる。もはや「非新自由主義」という選択肢は国民に提示されず、いずれの政党も1%新自由主義という中から政党を選択せねばならぬという恐ろしい状況になるのである。すべからく新自由主義であり、あるのは「極右風の新自由主義」か「リベラル風の新自由主義」かといった違いだけという事態になりかねない。

<山本太郎の提唱した統一戦線とその不成立>

こうした状況下で有権者から野党の統一戦線結成を求める声が上がるのはむしろ当然のことと言える。山本太郎はこれに応えるべく、野党各党に呼び掛けた。4月22日に行われた最初の会合の様子を私はネットで視聴した。この時の模様はフリージャーナリストの田中龍作氏が記事にしているのでご参照頂きたい(記事リンク)。

実は私が前回のブログ記事「TPP反対運動が失敗に終わる理由。本当にこのまま国を売られてよいのか」を書いたのは、これを見て、脱原発に大きく傾倒したその戦術の危うさを感じたことも大きい。私は山本氏ともちろんお会いしたこともないし、ツイッターで相互フォローをしてはいるものの、これまでメッセージのやりとりをしたこともない。まさかこのしがないブログの記事を山本氏にお読みいただけるとは思ってもみなかったのだが、山本氏が私のこのブログ記事のツイートをリツイートして下さったことを知った。そのお蔭で多くの方にこの記事を読んでいただくことができた。

この動画は先日5月27日に開かれた2回目の会合の様子である。ここで山本氏は第1回目の会合とは若干軌道修正をし、反TPP一本で統一戦線を組むことを提唱した。私のブログでの主張を取り入れてくれたのだと私は確信している。

動画と私の記事の論旨を比較して頂ければおわかりいただけることと思うが、私の主張と山本氏の主張が一致しているわけではない。私は政党間よりもむしろ中間団体が反TPPで統一戦線を組むことに重きを置いている。また反TPPで協力すべきは与野党問わずという点でも趣旨は異なっており、私は無闇な反自民を主張しているのではない。しかし、政党のレベルでは全くと言っていいほど取り上げられなかったこの主張・私が発した重要な問いを山本氏は取り上げ、前面に提示してくれたことにこの場を借りて感謝を申し上げたい。

第1回目の会合では比較的和やかなムードであったが、第2回目の会合はどちらかというと緊張感に包まれたものとなった。それは各政党の代表が統一戦線を組むことがそれぞれの事情から事実上難しいことを述べたからである。山本太郎は自分が当選するかどうかということよりも、統一戦線を作ることを重視していたのは明らかであるが、しかし各党思惑の違いが見え隠れし、いつの間にか各党代表は山本氏をいかにして当選させるかという規模の小さい話に話を挿げ替えようとしているように見受けられた。山本太郎氏は出馬を宣言したものの、氏が願った統一戦線は結局頓挫する羽目になった。

大きな受け皿を作ってほしいと願う会場に訪れた人々からはたびたび厳しいヤジが政治家に浴びせられた。特に共産党の代表とは緊迫したやりとりが行われていた。聴衆の一人が「(人々と政治家の間に)温度差を感じる」と述べたのには全く同感である。

[山本太郎論・山本太郎はポピュリストなのか]

<ある知識人による山本太郎への批判>

脱原発の急先鋒である山本太郎は言動が目立つ分、攻撃にも晒されやすい。傍から見ていて危なっかしく、時折失言もする。するとネトウヨまがいの人々がここぞとばかりに些末な揚げ足を取るだけのことをあたかも鬼の首を取ったかのように一斉に攻撃を仕掛ける。

こうしたレベルの批判とは別に、今回の統一戦線の動きのあと、私が敬意を払うある知識人から山本太郎批判が展開された。その方と非建設的な論争をしたりその方の人物批判をするのが目的ではないので、実名を挙げることはしないが(ここではA氏とする)、それは山本太郎が協力を呼びかけた政党のうちの一つである某党の有力支持者であるだけに、ヤジとはいっても外野席からのヤジとは次元が異なるものである。解説者によるボックス席からのヤジと言えばよいだろうか。

実は、私は今年初めに日本でこのA氏に直接お会いする機会に恵まれた。知性溢れる温厚な紳士で、多少の見解の相違はあれ、私はA氏を非常に尊敬している。お会いした際も若輩者の私を相手に気さくに話してくださり、私の青臭い書生論に耳を傾けてくださり、和やかなムードで楽しくお話しすることができた。

実は私はこの時、別れ際にA氏に、「山本太郎にいろいろ問題があるのは承知だが、山本太郎の批判をしないで見守ってやって頂きたい」とお願いしたのである。そして私は「(そんな機会は訪れることはないでしょうが、)もし山本太郎と一緒に仕事をするようなことがあれば、山本太郎がおかしな方向に暴走するのを防ぎ、引き戻して見せます」とA氏に言った。

勿論私は山本太郎氏と面識があるわけでもないし、主張も異なる部分も多く全面的に支持しているわけでもない。また海外に生活拠点を置く私が実際に日本に戻り、ましてや山本太郎から声を掛けられることなどありえないだろうということは十分承知しているのだが、私はA氏がそれ以前に山本太郎をツイッターで批判したことを知っていたので、これだけはA氏にどうしても伝えておかなければならないことだと思い、A氏に伝えた。

勿論A氏が自分の考えを表明するのは自由であり、私にそれを封じる資格はないのは自明のことだが、今回のことは個人的に非常に残念に思っている。A氏は某党の党首や政治家と精力的に公開対談をする方であり、私のような一般庶民とはレベルが異なるので、A氏の見解が某党や支持者に与える影響も大きいことかと思う。

私は危機状態にある議会制民主主義がいよいよデッドロックに陥り、内部からの自浄作用が失われ、日本をニヒリズムが覆うようになった場合には(それは実際そう遠くないかも知れない)、いよいよ山本太郎のような人材が必要になると思っている。
A氏は議会制民主主義が中から自浄作用を発揮し、正常に機能を回復する可能性を強く信じそこに賭けているのだと氏の言説から私は確信している。私はその点に全く同感であるのだが、しかし、かと言って山本太郎を叩き潰してしまおうといわんばかりの氏の言動には首をかしげざるを得ない。A氏はそうすることが知識人としての義務だと信じておられるのだと思う。

私はいざというときのために山本太郎という人材は大切に守ってとっておかなければいけないと思っている。何よりも首をかしげるのは、こうした批判が潜在的な味方や応援団を後ろから撃つマネに見えてしまうことである。こうしたことは委縮の効果を及ぼし、疑心暗鬼を生じさせ、一般人が声をあげることがやりづらくなるのではないかと思う。

私は山本太郎の主張に全面的に賛同するわけでないというのは、当ブログの読者の皆様はその論調からおわかりいただけることと思うが、また当ブログを時々読んでくださっていると思われる山本太郎氏のためにここで敢えて山本太郎・擁護論を展開したい。

<未来の党の失敗を山本太郎に帰することのおかしさ>

A氏が山本太郎に関して指摘したいくつかの点について私の個人的見解を述べておきたい。

A氏は昨年末の「未来の党」の失敗を山本太郎ないし山本太郎的なもののせいだとする主旨のツイートをしているが、これは事実としても間違いであると私は考える。

まず未来の党は急ごしらえであったことが大きい。そして嘉田由紀子・飯田哲也という疑問符のつく人物と組んだことがあげられる。

山本太郎は(恐らく)未来の党から出馬を打診されたが、むしろ飯田の胡散臭さを見抜いたのであろう、そこから距離を置き、他の党派にも配慮する形で無所属(新党・今はひとり)で小選挙区から出馬をした。「未来の党」には「国民の生活が第一」と亀井静香らが合流したのみで、他の党は合流せず、国民連合が事実上成立しなかったため、山本はむしろ他の党派に配慮して無所属で出馬することで、将来的な連携の芽を残そうとしたのだと思う。

みどりの風の谷岡郁子参議院議員は未来の党の失敗に関して、次のように述べている。
「日本未来の党がうまくいかなかったのは、(脱原発を唱える各党が結集する)統一名簿を作るはずだったのが、嘉田さんのところと小沢さんの党が一緒になったため」(田中龍作ジャーナル、4月23日

こうした経緯や各党の思惑があったので、未来の党はうまくいかなかったというのが真相であろう。むしろ最初から大きく勢力を糾合することに失敗したことが失敗の主要因ではないだろうか。

また、未来の党に関しては、飯田が公示日に比例名簿を巡って大混乱を引き起こして醜態を晒し、ダメージを与えたことも忘れてはならないだろう。

これを山本太郎のせいにするには無理があり、山本にとっても不本意であろう。

(私個人は、従来からブログで主張してきた通り、未来の党以前の問題として、そもそもの政界再編の対立軸の設定自体が失敗する要因であったと思っている。消費税と原発ではなく、TPPで線を引いてもらいたかった。今でもそう思っている。相手もあることだからそう簡単にはいかないのは承知の上だが。)

<山本太郎は橋下徹と同じ類のポピュリストであるのか>

(*「ポピュリズム」とは本来の意味では「民衆主義」であって、民衆のための政治を行う政治家を指して「ポピュリスト」と呼ぶのだそうだが、この言葉は通俗的にはそのポジティブな意味は失われ、人気取りのための「大衆迎合」や「大衆扇動」を指すものとして使われることが殆どである。私も後者のネガティブな意味における「ポピュリスト」をここでは使うこととする。)

次に、A氏は山本太郎は橋下徹と同じ類のポピュリストであると述べている。私はそうは思わない。仮に百歩譲って山本太郎がポピュリストであるのだとしても、「橋下徹と同じ類のポピュリスト」では決してない。
テレビで人気を博したという点で共通するだろうが、橋下は当ブログで検証した通り、そのままマスコミにヨイショされ、関西財界の支援があり、そこに小泉政権の残党のブレーンたちがバックアップをするという「仕込み」を経た人物である。それに対して、山本太郎はこうしたいかがわしいバックはなく、しかもテレビを事実上干された人間である。そもそもからの出発点が異なる。

A氏は「大衆扇動」と言うが、権力者が上からマスコミを通じて大衆を扇動するのと、下から草の根レベルの運動に支えられて訴えを広めていくのとではベクトルの向き自体も意味も異なる。また山本太郎は感情をこめて必死に話す分、冷静な人からは危険視されるところの「理性なき扇動」と同一視される危険性もあると思うが、少なくとも私は山本が橋下のような詭弁を弄して話すのは見たことはない。私には山本太郎が人を騙すために話しているようには見えず、単に一生懸命に話しているだけのように見える。

<職業人としての政治家とポピュリズム>

私はA氏の主張の根幹にあるのは、「職業人としての政治家」「プロフェッショナルとしての政治家」というものを高く評価しているという点であると思う。この点は私も全く同感である。政治と言うものは知識と経験を積んだプロになってやっと担いうるものであり、一朝一夕にして政治家になったど素人の手におえる代物ではないし、そうした人物を為政者に置くことは時に危険ですらある。また、恐らくA氏はしっかりとした知識や政策・経験を持った政治家たちと実際に対談し、感銘を受けたに違いないと思う。そのことがインスタントなポピュリズムに対する危機感をより切実なものにしているのだろうと思う。
橋下徹という悪しき例を見れば、真面目に政治を見る者にとっては大切なものを踏みつけにされた気分になることと思う。私も誠に同感である。

しかし我々が注意を払わなければならないのは、橋下のようにセンセーショナルな言動でパッとテレビで持てはやされ、時代の寵児として政治家になったものだけが、このような悪しきポピュリズム政治を行うのではないという点である。

橋下には手本がある。それは小泉純一郎である。橋下を担いだ人々はきっと橋下なら小泉のマネができると踏んで白羽の矢を立てたに違いないと私は思う。
小泉は紛れもない、経験を積んだプロの政治家である。そのプロ政治家である小泉は、広告代理店を使って、民衆が本来理性的に考えれば到底受け入れるべきではない政策に、いかにして好ましいイメージを植え付けて賛同するように仕向けるかを企画立案させ、それを実行するという恐るべきポピュリズム政治を行ったのである。

つまり「プロの政治家」といっても、あるべき理想形としてのそれと、実際にあるそれは大きく乖離している可能性があるという点に我々は注意を払うべきなのである。そしてその真偽の判別は容易ではない。本物だと今信じているものが、実は唾棄すべきものであったり、またその逆の場合もある。

私が間違っているかも知れず、A氏の判断が正しいのかも知れないが、山本太郎に関するA氏の評価は早計に過ぎると私は思う。もう少し待ってやっていただけないでしょうか。

またA氏は従来から「福島のエートス」を擁護しており、過激な脱原発派の主張を毛嫌いしていると見受けられる側面があり、それが山本太郎への否定的な印象と評価につながっている面もあるだろうと思う。これは理性と言うよりはむしろ生理的なもの・情念的なものに由来すると言えるかも知れないと私は感じる。

私がブログを一旦休止したのは、そろそろ脱原発派と原発安全派が被災者の方々をも巻き込んで、非常に非生産的な罵りあいを始めるのではないかと予感したときであった。人々のエネルギーが負の方向にしか向かわず、ただ分断を深め、何も建設する方向へ向かわないのではないかと感じたからだ。誰にとってもよいことではない。

ブログを再開するにあたって、自分が考えたのは国民国家として日本を再構築していく上でのカギは何なのかということであった。そしてTPP問題こそがその答えを実は内包しているものであると確信した。それに基づいた視点でブログを綴っているということは、当ブログを長きにわたってお読み頂いている皆様にはご理解いただけるものと信じている。

[最後に]

<Aさまへ、もしお読みいただいていたら>

文中に失礼な箇所が多々あることと思いますが、お詫びさせていただきます。
見解は個人的なものであり、若輩者のたわごととして読み捨て下されば幸いに存じます。
大変失礼いたしました。

<山本太郎さまへ、もしお読みいただいていたら>

私はあなたを「向う見ずな愛すべきアホ」(関西弁のニュアンスの「アホ」です)であり、「王様は裸だ!」と叫ぶことのできる子どもだと思っています。

今回出馬するかどうかの判断は難しいことと想像しますが、もし出られるのだとしたら、当選をして暴れてくださることを祈っております。

私は書くことしかできないけれど、あなたにはそれを形にする力があると思います。

謙虚さを忘れず、その上で自分を信じてください。

批判者の言い分にもぜひ耳を傾けてください。

悪い方のポピュリスト(人気取りの大衆迎合や大衆扇動)ではなく、本来の意味でのよいポピュリスト(民衆とともに民衆のためになる政治をする政治家)を目指してください。

厳しい道のりと思いますが、ぜひ亀井静香さんの門を叩き、弟子入りさせてもらってください。

あなたに活躍を期待している人は私の周りにも大勢います。がんばってください。

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