イタリアにおける「反緊縮」オールタナティブ運動、世界で同時進行する新自由主義との戦い:イタリア人友人との会話

<当ブログ「橋下維新は答えではない!」シリーズ:橋下維新の正体↓>
その①ファシストは人々の心に巣食うファシズムに囁きかける
その②形骸化する民主主義:選挙で選ばれぬ人たちが政治を動かしている
その③選挙で選ばれぬ新自由主義者たちによって売りに出される大阪:大前研一と竹中平蔵の影
その④【地下鉄利権】関西私鉄幹部が大量に大阪市参与に就任していたことが判明。裏で進められる公共財の解体と簒奪。/一刻も早く橋下リコール運動を開始すべし。
その⑤【大阪地下鉄民営化利権続報】在阪マスコミは関西私鉄の事実上支配下にある!マスコミが橋下維新・地下鉄「民営化」問題を報じない理由

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先日までイタリア人の友人がこちらに1週間来ていた。5年ぶりの再会である。当時彼はイギリスの大学院に在籍し、博士論文のフィールドワークのためにこちらに長期滞在していて、その時知り合い、すっかり仲良くなった。こちらではなかなか政治・社会・思想・芸術・文化といった事柄について深く話し合える人と出会うのが難しく、彼は貴重な友人となった。約1年の滞在の後、彼は欧州に戻って博士号を無事取得し、来年初頭には彼の論文が本となって出版されることとなった。今回の訪問は最終稿の仕上げのための最終確認と、世話になった人々への挨拶を兼ねたものであった。私は当時とは別の町に移り住んでいたが、時間を割いて遊びに来てくれた。

当時も政治について様々な議論をしたものだったが、まさかこの5年の間に双方の母国がこれほどの惨状になるとは二人とも思いもよらなかった。この間私は、皆様もご承知のように、遅まきながら事態の深刻さに気がつき、ブログとツイッターを開始した。そしてこの友人はイタリアのオールタナティブ運動に深く関わっていくことになる。この間お互い頻繁に連絡を取り合っていたわけではないのだが、他の多くの人々と同様、マスメディアの偏向報道に疑問を覚え、新自由主義グローバリズムとの戦いに身を投じることになったのだ。マスコミはこうした民衆の運動を殆ど報じることはないのだが、今や発展途上国のみならず、先進国においても同時進行的に新自由主義グローバリズム・1%支配に対する抵抗運動に火がつき始めている。

「ウォール街を占拠せよ」から波及した「占拠せよ」運動は瞬く間に全米から世界へと飛び火したが、当初は「対岸の火事」的な論調で報じていたマスコミも、その後全くと言っていいほど報じなくなった。新自由主義金融体制から劇的に転換したアイスランドやギリシャ・イタリア・スペインにおける民衆の激しいデモについても殆どマスコミは報じることはない。

当ブログでたびたび取り上げている隣国の韓国に関して、日本のマスコミは「IMFの優等生」として「日本がモデルにすべき対象」として取り扱うのであるが、韓国がアジア通貨危機後、IMF支配を通じて極端な新自由主義構造改革・民営化・外資への門戸開放を貫徹され、事実上国内経済を外資に乗っ取られて「ネオ植民地」と化し、極端な格差社会・自殺大国となったことや、著しい不平等条約である米韓FTAの詳しい内容や、それに対する民衆の激しい抗議行動を報じることは皆無に等しい。非常に偏った報道であることは言うまでもない。不都合な事実を主流マスコミは極力報じないのだ。我々は世界で同時進行的に起こっている重要な事象について、断片的な報道や主流メディア以外の情報でしか、お互いの様子を知ることができない状況に置かれている。権力を監視するはずであったマスコミは、カネで買われ1%支配のための道具と成り果て、こうした各国で沸き起こる新自由主義・1%支配への抗議をわざと報じないのであろうということは想像に難くない。

私の友人も私がブログで論じてきたような事柄について殆ど知らなかったし、私はイタリアで勢いを増しているオールタナティブ運動について殆ど知らなかった。今回の対談は情報と意見を交換するまたとない機会となった。そして私たちはお互いの国が直面している問題の根は同じであることを再確認することができたのは非常に有意義であった。すなわち、新自由主義グローバリズムとの戦いであり、カネで買われた政治とマスコミ・堕落した既存のアカデミズムとの戦いなのだということだ。1%のための新自由主義グローバリズムに対抗するには各国庶民の情報交換と連携が必須であることをつくづくと認識させられた。

[イタリアにおけるオールタナティブ運動]

イタリア現首相マリオ・モンティは「スーパー・マリオ」との異名を取ることで知られるが、友人の話では、最近のイタリアでは欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギと合わせて「スーパー・マリオ・ブラザーズ」と呼ばれ、決して肯定的な意味ではなく、忌み嫌う人が増えているという。

ベルルスコーニ政権末期の2011年11月にイタリアはIMFの監視下に入ることが決められた。11月9日ジョルジョ・ナポリターノ大統領はマリオ・モンティを終身上院議員に任命する。11月12日にベルルスコーニ首相が辞任に追い込まれ、その翌日の13日にモンティはナポリターノ大統領によって首相に任命される。モンティの上院議員任命はそもそもからベルルスコーニ辞任を見越して、その後継にするためにナポリターノ大統領が画策したものとの見方が支配的である。

イタリアでは通常は議会多数派が政権を担当するのが通例であるが、首相任命権は大統領にあり、議院内閣制に基づかぬ「超然内閣」を組閣することも可能である。戦前の日本の制度に似ている。マスコミはモンティ内閣を「実務者内閣」とか「テクノクラート内閣」などと報じているわけだが、日本ではこうした形態の内閣は「超然内閣」と呼ばれるのが通常である。

モンティ内閣発足当初は支持率70%を誇ったのであるが、これについて私の友人は、「ベルルスコーニ以外であれば誰でもよかったという空気があった。それだけベルルスコーニに嫌気がさしていた。左翼陣営までもがベルルスコーニ辞任を喜ぶあまり、モンティを歓迎してしまった」と分析している。

モンティは、ウィキペディアの記述によれば、「2005年に設立されたヨーロッパのシンクタンク、ブリューゲルの初代議長である。また1973年にデイヴィッド・ロックフェラーによって設立されたシンクタンク日米欧三極委員会のヨーロッパ委員長を務め、ビルダーバーグ会議の主導的メンバーでもある。またゴールドマン・サックスとザ・ コカ・コーラ ・カンパニーの国際的顧問」である。つまり典型的な金融資本1%サイドの人間であり、IMF「緊縮」路線を着実に遂行するための人選であることは言うまでもない。

こうした実態が明るみになり、また企業が業績悪化の際に容易に解雇をできる法案を2012年6月に成立させたことから、わずか1年足らずで支持率は急落し、最近では30%前後となっている。

そして国民の不信は大政翼賛会的にモンティ内閣を支える左右両翼の既成政党、そしてモンティを任命したナポリターノ大統領に向けられている。ナポリターノは元々レジスタンス戦士であり、その後共産党に籍を置き政治家となり、初の共産党出身の大統領となったのであるが、そうした経緯からよけいに、今回の金融側のモンティ指名に関してナポリターノへの失望と怒りは非常に大きいものになっていると友人は言う。イタリアにおけるオールタナティブ運動の急速な拡大にはこうした背景がある。彼らは旧態依然とした左右両翼の既成政党およびそれらを支える旧態依然とした支持母体に対して批判的である。

私がこの話を聞いたとき想起したのが、消費税増税・TPP加盟という経団連と全く同じ主張をする左翼陣営の支持母体である「連合」である。もはや「連合」は労働者のための組織でもなんでもなく、単なる経団連翼賛団体と成り果ててしまっており、TPPに反対する人々から経団連とともに痛烈な批判を浴びせられている。イタリアのオールタナティブ運動に携わる人々の既成政党やその支持母体への批判とよく似ていると咄嗟に思った。私も従来から当ブログで主張しているように、TPP反対運動は旧態依然とした「左右の対立軸という枠組み」を越えて、1%新自由主義グローバリズムに対抗するための新たな思潮を内包していると思う。「左右の対立軸という枠組み」は現在進行している事態への対処を見つけ出すことをより困難にするものであり、いわば「目くらまし的効果」を発揮する。左右の枠に拘泥していると、現在進行している事象に関して、却って物事が見えなくなるのであり、我々はこのことに自覚的であるべきである。(⇒拙ブログ過去記事「1%新自由主義グローバリズムに対抗する政治思潮を顕在化させる必要性。現代日本の政治はなぜ行き詰るのか。後編」4月3日付)

さて話をイタリアに戻そう。イタリアにおけるオールタナティブ運動の中心人物は著名な喜劇俳優であるベッペ・グリッロ氏である。2009年10月にグリッロ氏は「五つ星運動」を開始した。グリッロ氏らは「反緊縮」を掲げ、環境保護や汚職根絶、ネットへの無料接続、公的債務のデフォルト、ユーロからの離脱検討などを政策として訴えている。既成政党への不信から、若者を中心に絶大な支持を集めている。集会を開催すれば数万人が集まる。グリッロ氏のブログのコメント欄では白熱した政治議論が行われている。このブログは政治のイタリア語版のほかに英語版日本語版がある(日本語版の方は最近の記事が翻訳されていない模様)。私の友人はこの運動に積極的に関わっている。

ベッペ・グリッロ氏

グリッロ氏率いる「五つ星運動」が開始されたのはベルルスコーニ政権当時の2009年であるが、モンティ政権とそれを支える既成政党への批判が高まる中、勢いを増し、今年2012年4月の地方選挙で、パルマ・ミーラ・コマッキオなどの4都市で首長ポストを獲得した。現在「五つ星運動」の支持率は20%に達し、左右両陣営それぞれの支持率に並ぶほどにまでなっており、次期総選挙での躍進が期待されている。

朝日新聞6月14日付の記事『イタリアでも「反緊縮」台頭 人気芸人が率い支持拡大』は比較的冷静にこのオールタナティブ運動を報じているので、ご参照いただきたい。

しかし、このイタリアにおける運動を「イタリアの橋下」などと報じた日本経済新聞は異常という他ない(記事リンク⇒『国政にらむ「イタリアの橋下」、台風の目の予感 』)。橋下維新は当ブログでお伝えしてきた通り、その政策・人脈から紛れもない新自由主義政党であることは明白であり、その性質はあえてイタリアの政治勢力に喩えるのであれば、モンティやベルルスコーニに近いと言えるだろう。新自由主義路線と真っ向から反する「反緊縮」を掲げるグリッロ氏の「五つ星運動」を、新自由主義路線の橋下維新に喩えること自体が荒唐無稽である。橋下維新は新自由主義者たちの砦であり、最後の悪あがきである。あるいは日本経済新聞は意図的に国民を欺くためにわざわざグリッロ氏を橋下に喩えることで、逆に橋下維新があたかも日本の庶民が選択すべきオールタナティブであるかのような演出を意図的にしているのかも知れない。この場合はかなり悪質である。

「五つ星運動」への支持も、橋下維新への支持も「不満」を背景にしているという点では似ているといえるのかも知れないが、友人と話してわかったのは、「五つ星運動」支持者のベクトルは非常に建設的であり、集会やネットにおけるディスカッションを通して新たなものを下から作り出していこうという衝動が強いということである。

これに対して橋下維新の方は、ルサンチマンを支持の背景にしているが、「維新の会」そのものは橋下のワンマン経営であり、その背後には竹中平蔵を筆頭とした選挙で選ばれることのない得体の知れない新自由主義者たちのブレーンが控えている。独裁者であるはずの橋下はそれらブレーン集団や背後のパトロンのパペット状態だ。維新支持者による熱心な集会や議論などというものも皆無といっていい状態で、ベクトルは破壊的な方向であると私は感じる。

また「五つ星運動」は既存のマスコミに批判的であるが、「橋下維新人気」というものはそもそもマスコミによって演出されたものであるのは明白であり、橋下がマスコミに時折噛み付くのは、橋下が既存メディアに批判的であるからでは決してなく、マスコミがたまたま橋下に都合の悪いことを報じたときだけである。基本的にマスコミのヨイショがなく、政策や実績を客観的に国民が検証できる状態となれば「橋下人気」などというものもすぐさま雲散霧消してしまうものであると思う。最近では橋下維新への支持も急落してきているが、これは橋下維新の正体がネットを通じて知れ渡ってきたからであろうと思う。拙ブログもそれに少しでも寄与できたのだとすれば光栄である。

結論としては「五つ星運動」と「橋下維新」は全く似ても似つかない代物で、橋下維新をオールタナティブ運動に模すこと自体が馬鹿げたものであると私は思う。維新のような「偽オールタナティブ」に惑わされては決してならない。むしろ我々は日本における形を伴った本物の建設的オールタナティブ運動の不在を嘆くべきであろう。

[新自由主義グローバリズムの砦IMFの声明と金融支配に屈する日本]

この友人とは当然「緊縮」新自由主義カルトの砦と化したIMFやギリシャ・イタリア・スペインの問題についても話し合った。ギリシャにおいても既成政党への不信からユーロ離脱派の新党が躍進したが、土壇場で勝利を手にすることはできなかった。ユーロに残留するのも脱退するのもいばらの道であることに変わりはないのなら、ユーロに残留して金融の残したツケを国民が払わされるよりは、脱退して中央銀行を国民の手に取り戻すことの方が合理的な選択に見える。私と友人はこれは「ユーロを脱退すれば、今あるものを失うという恐れに由来するものだろう」という点で一致した。この恐れはそれほどまでに強大なのだ。

イタリアはもしオールタナティブ運動が政権を取ることになったら、ギリシャ・スペイン・フランスを誘って共にユーロを脱退し、主要金融機関を暫定的に国有化すればいいという話を友人とした。ユーロ誕生の結果、各国は国家主権を保持したまま中央銀行を失うという宙ぶらりんの状態にあるわけだが、論理的に考えれば残された方向は、加盟各国が個々の国家主権を放棄して政治的にも統合してしまうか、あるいは、ユーロから脱退して国が中央銀行を取り戻すかしかないだろう。

友人が帰ったあとに大きなニュースが2つ飛び込んできた。ひとつはEUのノーベル平和賞受賞である。ノーベル平和賞は極めて政治的な賞であるが、今回のEUの受賞もそう言えるだろう。NATOでもなくユーロ圏諸国でもなく、EUの受賞であるのがミソだが、加盟国が米国と共にアフガニスタン介入を経て、「大量破壊兵器が存在する」という事実無根の口実でイラクの体制を転覆し、さらにリビアの体制転覆を支援し、シリアの体制転覆をも目論んで軍事支援を行っている最中に、「平和賞」をEUが受賞するというのはある意味悪い冗談にすら聞こえてくる。

そしてその発表の直後に東京で行われたIMF総会を見ると、このタイミングでEUにノーベル平和賞を授与したのは、南欧諸国のユーロ離脱とユーロの崩壊を防ぐためなのではないだろうかと勘ぐりたくなる。

以前にもこのブログでお伝えしたが(⇒拙ブログ過去記事「グローバル資本主義の悪循環を断ち切れ!自国民を救済せず他国に大盤振る舞いをする日本。消費税増税など論外である。」4月23日付)、日本がIMFに4.7兆円もの資金を拠出することが今回のIMF総会で正式に決められた。「日本は財政が破綻するから緊縮財政を敷き、増税しろ」とIMF幹部は高飛車に言い放ち、消費税増税をけしかけていたのであるが、その財政が破綻するはずの日本が、自国の大震災後の復興もよそに4.7兆円もの資金をIMFに差し出すというのだから滑稽である。国民を馬鹿にするにも程がある。「反緊縮」を訴える政治家・政治勢力はこのIMFへの資金拠出を政治問題化すべきである。見て見ぬふりをするのなら、茶番ではないか。

そしてIMFの声明が10月13日に発表された。これを伝える毎日新聞の記事『<IMF声明>欧州の財政統合要望 日本は公債法成立を』は短いもので、内容の詳細はわからぬのであるが、重要なことが書かれている。記事から部分引用する。

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「声明は、欧州の債務危機への対応について、金融安全網の「欧州安定メカニズム(ESM)」発足や、欧州中央銀行(ECB)による財政危機国の国債買い支えなどの取り組みを歓迎。しかし、「さらなる措置が必要」として、金融監督を一元化する銀行同盟や財政統合の実施、成長と雇用を促進する構造改革に期待を示した。」

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最後の「成長と雇用を促進する構造改革」というのは言葉に矛盾が含まれており滑稽である。摩訶不思議な呪文のようだ。我が国の例を見ても、「構造改革」が雇用を促進するどころか、労働者の待遇を改悪し、正規雇用を縮小し全体の雇用を減らしてきたのは明白で、日本は長期のデフレにあえいでいる。新自由主義型「構造改革路線」を否定することこそが成長と雇用促進の第一歩であるはずだ。

さてこれより気になったのが「金融監督を一元化する銀行同盟や財政統合の実施」という部分だ。記事は詳しく述べてはいないので、どのようなものか実態はわからないので拙速に過ぎるかも知れぬし、誤解もあるかも知れぬが、文面から察するに、銀行に同盟を組ませて金融を監督するということであろう。金融の暴走によって危機に陥った欧州がなぜかその当事者である金融界に「同盟」を作らせ、金融を監督するというのであるから、事実なら非常に居直ったふてぶてしい提案である。中央銀行を民間銀行が手放すことだけはしないという意思表明にも聞こえる。

このベクトルで物事が進めば、南欧諸国のユーロ離脱は難しいものとなり、欧州は政治統合へと強引に進められていくのかも知れない。EUのノーベル平和賞受賞も、各国に独立を与えぬこの路線を側面支援するものであると感じる。そして日本は巨額の資金を投じてこのIMF路線を支えていることになる。

こうした経緯を見ても私と友人が議論したように、南欧諸国は「恐れ」を克服し勇気を持ってユーロ及びIMF支配から離脱すべきであるとの意を強くした。今回のIMF総会声明は欧州で沸き起こりつつあるこうしたオールタナティブ運動への反動として見ればよりわかりやすいと思う。IMF・金融資本の言いなりになるよりは、たとえ未知数であっても、現在沸き起こりつつあるオールタナティブ運動の方により明るい未来を感じる。

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