グローバル資本主義の悪循環を断ち切れ!自国民を救済せず他国に大盤振る舞いをする日本。消費税増税など論外である。

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<当ブログ「橋下維新は答えではない!」シリーズ:橋下維新の正体↓>
その①ファシストは人々の心に巣食うファシズムに囁きかける
その②形骸化する民主主義:選挙で選ばれぬ人たちが政治を動かしている
その③選挙で選ばれぬ新自由主義者たちによって売りに出される大阪:大前研一と竹中平蔵の影
その④【地下鉄利権】関西私鉄幹部が大量に大阪市参与に就任していたことが判明。裏で進められる公共財の解体と簒奪。/一刻も早く橋下リコール運動を開始すべし。
その⑤【大阪地下鉄民営化利権続報】在阪マスコミは関西私鉄の事実上支配下にある!マスコミが橋下維新・地下鉄「民営化」問題を報じない理由

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[海外へ大盤振る舞いする財源は一体どこにあるというのか。消費税増税など論外である]
先日から日本政府が海外に向けて多額の資金拠出を表明している。韓国政府への支援5兆円、IMF支援4.8兆円、メコン川流域諸国ODA6000億円、ミャンマー円借款放棄3000億円。無視できぬほどの巨額である。さらに滑稽なことに、日本から5兆円支援された韓国がIMFに150億ドル(1兆2千億円)の資金を拠出するのだという。韓国は財政危機にあるのではなかったのか。
IMFは事あるごとに「財政健全化をしろ。増税しろ。ギリシャの二の舞だ」と偉そうに言ってくるのだが、そのIMFの方が実際は重大な危機に陥っており、それに対して日本は4.8兆円も出せるわけで、こうなるともうわけがわからない。また日本に偉そうに注文をつけてくるIMF幹部というのが、よくよく調べてみると財務省OBであったりするのだから滑稽である。
マスコミはこれらのニュースを淡々と報じるのみで、一体これらのカネがどこから出てくるのか全く問うてはいない。子ども手当てなどの国内諸政策に関してはさんざん「バラマキだ」「財源は?」などと批判をしてきたにもかかわらずだ。
国内失業者の救済・疲弊する地方への振興策そしてなんと言っても大震災後の復興に金を回さず、復興や社会保障維持には消費税増税が不可欠だというプロパガンダが垂れ流されてきたのだ。しかもこの消費財増税というのは震災が起こる前から菅政権によって唐突に打ち出されたものであり、そのときは法人税減税とセットにされていたものだ。法人税減税による税収減を消費税増税によって穴埋めするという目的が露骨に見えたもので、税収が社会保障に使われる保証などないという代物であった。野田政権はその法人税減税という部分を当面はひっこめているにすぎないのではないか。いずれにせよ、議会の承認も必要とせずにこうした外国への大盤振る舞いができるような特別会計を温存したままで、消費税増税など全く説得力を持たず、論外である。
海外の支援は国会での事前協議もなくすんなりと決めるのであるが、そうしたカネがあるのであれば、どうして歴史的な大震災の復興に優先的にカネを回さないのであろうか。海外諸国には復興と国内経済対策が優先ですとひと言言えば済む話ではないのか。自国民を犠牲にしてまで、諸外国に対してカッコつけたいのか。収束せぬ原発事故・大震災の復興・疲弊した国内経済を鑑みれば、何にカネを回すべきなのか子どもでもわかりそうなものなのだが、こうした諸政策を決定しているエリートたちは現実逃避をしているのではないのだろうか。

[変貌するメコン諸国・発展するラオス]
メコン川流域諸国に対して6000億円の支援が決定され、ミャンマーに対しては3000億円の借款の放棄と円借款の再開が決められた。ベトナム・ラオス・タイ・ミャンマーを結ぶ道路を作ることが柱のようだ。この要旨に触れる前に、先日私がラオスとタイに行ったときの模様をラオスを中心に述べたいと思う。

ビエンチャン

ビエンチャン

ラオス訪問は今回で2度目になる。前回行ったのは8年前であるが、その時とすっかり様変わりしていて驚いた。8年前に行った時は、幹線道路はボコボコで、首都のビエンチャンも夜は早く店の閉まる小さな町で、人々が素朴に暮らす国だった。今では道路は立派になり、首都でも古都ルアンプラバーンなどの都市でも建設ラッシュで好景気に沸いている。建設ラッシュのために空気は随分と埃っぽくなった。人々の生活も明らかに変ってきており、ピカピカの日本車やおしゃれなスクーターがその辺を走り回っていた。以前は安宿だったものがちょっとしたこぎれいなホテルになっているのもあって驚いた。ビエンチャン中心の市場(いちば)があった所に大きなショッピングモールができていたのは象徴的であった。名物のフランスパン・サンドウィッチは旅行者向けに売られているものは格段にうまくなっていたが、値段も格段に高いものとなっていた。

バンビエンのフランスパン・サンドウィッチ

バンビエンのフランスパン・サンドウィッチ

ビエンチャンとルアンプラバーンの間にあるバンビエンという風光明媚な村も川沿いに多くのカフェが作られ、大型ホテルも建てられていた。あちらこちらにセメントなどの建設資材を売る店が並んでいた。一昔前のヒッピー風の旅人たちと比べれば随分軟弱な印象を受ける白人の若者たちでごったがえしており、カフェも夜遅くまで営業していた。
変っていないものと言えば、ビアラオというビールの味とメコン川を上り下りするスローボートぐらいであろうか。ドルの下落分を考慮に入れても随分と物価が上昇した。ラオスは総じて発展の真っ只中にある。

ルアンプラバーンの街並み

古都ルアンプラバーンの街並み

ボロのローカルバスで旅行した当時の素朴な様子を知っている私としては興ざめの部分が多いし、物価もタイよりも高くつくほど上がってしまったので、今後個人的に旅行することはないと思うが、一般旅行者にすれば高齢者でも随分と旅行しやすい国になったと言えるだろう。現に私が行ったときは、欧米人でごったがえしており、宿の確保が危ういときもあった。古都ルアンプラバーンに立ち並ぶ洒落たフレンチ・スタイルのカフェで高齢のフランス人旅行者がワインを飲むなどというのが日常風景になるとは想像してもみなかった。車で国境を越えてやってくる中国人の家族連れ旅行者も数多くいたのも、前回とは全く異なる光景だ。雲南ナンバーのついた車を多数目撃した。
そして何よりも私が驚いたのは、前回では至る所で出会った若い日本人旅行者に出会うことがなかったということだ。年配の日本人男性旅行者には二人出会ったが、若い日本人バックパッカーは皆無といって等しい状況だった。これはその後行ったタイでも同様であった。タイ北部のチェンマイは過去に度々訪れていたのだが、そこではいつも同じ日本人旅行者の多く集まる宿に泊まっていた。その宿も今回7年ぶりに訪れたのだが、そこもすっかり様子が変っており、若い旅行者は殆どおらず、年配の日本人や白人が「泊まる」というよりは、むしろ「暮らす」という感じで長期滞在をしていた。タイも物価が上昇しているが、ラオスより安く旅行できる。カンボジアから来た旅行者と話をしたが、カンボジアも同様に日本人バックパッカーが消えたそうだ。
さて観光立国として発展しているラオスであるが、滞在中にふと思ったのが、この発展をもたらしているカネはどこから流れ込んでいるのだろうということだった。かなり中国の資本を含む外国資本が流れ込んでいる印象を受けた。少々バブル気味に見え、街を走るピカピカの新車を見ながら、一抹の危うさも感じた。
余談ではあるが、いま旅好きの人たちの間では「開国」を控えたミャンマーに今年中に行くというのがちょっとしたブームなのだそうだ。「開国」をしてしまうと素朴な生活をもはや見ることが出来なくなるというのが理由で、それまでに訪問してしまおうということだ。

さて話を元に戻そう。日本政府が決定した支援によってメコンの国を結ぶ道路やインフラを整備するということであるが、本当に震災後の日本が今このタイミングで自国の復興や自国民の窮乏状態を後回しにしてまで、カネを出さなくてはならないものなのであろうか。ラオスの発展を見てもわかるように、これらの国々は日本人が想像する以上に発展を遂げており、もはや日本の援助を必要とはしていないのだ。仮に日本がカネを出さなくてもよその国がカネを出してくれることだろう。日本のODAは大抵日本のゼネコン企業が工事を受注するひも付きの援助なのであるが、仮に日本企業が受注したとしても日本人の雇用が増えるわけでもない。ならば、なぜ被災地の復興に対してこのようにカネを回さないのであろうか。なぜ日本の復興会議に米国資本の代表たちが加わっているのであろうか。私には理解しがたい。
そして近年日本人旅行者が激減しているものの欧米人のそれは減ってはいないという現象を見てもわかるように、恐らく先進諸国の中で日本が最も自国民を痛めつける政策を採ってきたのではないだろうか。日本政府が諸外国にカネを出して格好をつける一方で、日本人は海外旅行もできぬほどにまで痛めつけられており、いまや旅行どころの話ではなく、食うか死ぬかの話になってきているのだ。援助のカネはこれらの国に流れても、日本人が訪れることはないなどというのは誠に皮肉な話である。文化面で見てももはやJポップというのは下火で、今は韓国を筆頭に台湾・中国の音楽・ドラマ・映画が東南アジアでは流行っているというのが現実だ。

[メコン諸国支援の真の目的とは:国レベルで推し進める国内産業空洞化の狂気]
山口巌という人物が今回のメコン諸国援助に関してアゴラというサイトに投稿している文章があった(リンク)。アゴラというサイトには興味がないのであるが、私と正反対の主張をする新自由主義者たちの巣窟であることは確かなようで、この論説も私と全く逆の立場で書かれており、後半部など特にひどい内容である。なぜ敢えてこれを取り上げるかというと、ここにグローバル資本主義の矛盾が如実に現れているからだ。この論説で筆者は今回のメコン諸国支援とミャンマー支援の骨子について極めて肯定的に述べている。ここから部分的に引用する。

——————————–
「日本と東南アジアのメコン川流域5カ国による日メコン首脳会議が21日午前、東京都内の迎賓館であり、共同文書「東京戦略2012」を採択した。来年度から3年間で約6千億円の途上国援助(ODA)を日本政府が行うなどの支援策が盛り込まれた。 日本が支援する対象事業の総額は2兆3千億円。高速道路や橋などの交通インフラ整備によって域内の「連結性」を高めて経済成長を後押しし、日本企業の進出を促すねらいがある。」
「ミャンマーは天然ガス等、地下資源に恵まれた国であると共に、人口が5千万人と、タイの6,600万人と比べても遜色がなく、日本等とは異なり若者中心である。人件費は年収2千ドルのベトナムと比べても遥かに安価との事なので、日本の人件費に比べれば殆どタダ同然である。
日本の技術、資金に依り、光ファイバー網(通信)、上下水道、豊富な天然ガスを利用した火力発電、これ等のインフラを基盤とする工業団地が整備される事になる
世界最高水準の工業団地になるのではないか?」
日本政策投資銀行による、中小企業のアジア進出支援も、従来ボトルネックであった製造業の移転費用捻出を強力に支援する事になる。」
——————————– (* 下線部はNico)

この筆者は早い話が、日本企業にどんどん海外移転するようにと説いているのである。つまり日本経済の空洞化を提唱しているのと同じことである。論説の前半で企業に海外移転をすることを煽っているにもかかわらず、後半部分を読むと、原発を再稼動しない限り企業が日本から出て行ってしまうぞなどと主張しているのだから、支離滅裂でわけがわからない。
さて、上に引用した部分が本当の話だとしたら、これはゼネコン利権のみならず、日本政府が日本企業の海外移転を支援していることになるのだ。大企業のみならず中小企業にも海外進出を促しているのである。こうなってくると、ネオリベ論者のみならず、政府までもが国内産業の空洞化をわざわざ推し進めることを巨額の資金を投じてまでやろうとしていることになる。しかも被災地の復興や若年失業者や地方の疲弊を放置したままにである。これは見過ごすわけにはいかない。

[破綻したグローバル資本主義と政治の役割]
もう読者の皆様はお気づきになられていることと思うが、グローバル資本主義はもはや破綻しているのである。企業は自己の生存と利益の最大化を求めて行動する。グローバルな土俵で競争に晒されれば、人件費の安い外国へ移転せざるを得なくなる。個々の企業にしてみればやむを得ない判断なのかも知れないが、これがマクロレベルになると、国内で失業者が増え、人件費も下げ圧力が働く。人々に購買力なくなるから景気が悪くなる。安い輸入品でデフレが加速する。需要のパイが拡大しないから、さらに企業が出て行き…という悪循環を繰り返すことになるのだ。根本の所が間違っているのである。
先ほど引用した記事の筆者などの新自由主義者たちに「じゃあ、国内経済はどうするの?」と訊ねても、マトモな答えなど返ってくるはずもないのである。彼らは個々の企業のミクロレベルのことだけを論じているのであり、政治的な見地からのマクロに対しては極めて無責任な立場であるのだ。あるいは彼らは国民国家が滅んでも、マーケットさえあればよいのであろう。新自由主義にはマルクス主義世界革命論の逆ユートピアのような所が感じられる。
さて、この悪循環を断ち切れない限りは、企業はずっと海外に出て行くより選択肢はなくなる。エコノミストや財界人に答えを求めても無駄なのだ。企業からの広告料に依存するマスコミも同じである。総じて彼らは自己の利益になるという観点から、政策を彼らが有利になるように動かそうとするのである。国家・国民のことを思ってではない。グローバル経済では、むしろ国家・国民を食い物にする行動をとることになる。日本をいよいよ滅ぼすTPPや消費税増税を財界とマスコミが一体となって叫ぶのはその為なのだ。一旦味をしめてしまい、かつ引き返せなくなってしまった彼らに解決策を求めても仕方がないのである。せいぜい彼らの言説に騙されないようにするということが肝要である。
これこそ政治に求められる仕事なのである。当ブログでは長きにわたって論じていることだが、グローバル時代では、国家・国民と企業の利益はもはや一致しない。であるからこそ、政治が財界やエコノミストに答えを求めても無駄なのだ。政治は国民がきちんと食べていけるようにしないといけない。今ある課題はグローバル資本の暴走を食い止め、上に述べたような破綻したモデルであるグローバリズムの悪循環を断ち切ることなのだ。グローバル資本主義という前提そのものが破綻しているのであるから、そこを改めることこそが求められているのである。
いま日本はグローバリズムを見直した上で、そして国内に向けてカネを使うべきなのだ。国内で経済を回るようにし、雇用を創出し、失業者が仕事を得られるようにし、賃金が上がるようにしていかないといけない。しかし、きちんと検討もせずやみくもにグローバリズムに走って、余計にひどいことになったのだ。引き返せばいいのに、上に見たような産業空洞化策を推し進め、さらにTPPという究極の自殺路線をこれから突き進もうとしているのである。そして橋下維新という小泉・竹中の残党とコンサルの新自由主義集団を救世主の如く持ち上げ、また国民を騙そうしているのだ。よく日本は衰退しているなどという言葉を聞くがそうではない。根本的に誤った政策を20年もやり続け、間違いを正さぬままさらに同じベクトルに突き進んで、自殺しようとしているのだ。「一家心中」ならぬ「国家心中」である。

こんな国があると想像してみていただきたい。
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その国では、国内では景気が悪く、デフレで、若者に仕事がなく、地方は疲弊し、そこに大震災が襲い掛かったとする。なのに、その国の政府は国民を助けるためにはカネを拠出しないのだが、諸外国への援助は積極的に行う。そしてそれらの諸外国の産業インフラを整備し、そこへの企業進出を政策的に促し、それによって国内経済はより空洞化させられる。そして国内がデフレであるにもかかわらず増税をする。そして疲弊する民に向かっては「自己責任だ」と吐き捨てる。
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もしそんな国があったとして、それを対岸の火事として見ていられたら、愚かだと笑えることだろう。残念ながら今の日本がそれなのだ。国家が滅ぶときというのはこういうものかも知れない。国民が気付いていいかげん怒らない限り、そうなるのではないだろうか。

財界の腰巾着になった政治家も多いだろうし、日本が手本とする米国などは議員がほとんど「資本に買われた」と言っていいほどの絶望的な状況にあるのだが、良心のある政治家には「国家・国民と企業の利益はもはや一致しない」というグローバリズムの相克を見据えた上で、経済と国民生活のバランスが取れるように、政治というものの原点に戻っていただきたいと希望する。また我々庶民もそのような政治家を選んでいかなくてはならないし働きかけていかなくてはならないのだ。

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