13歳少女タレントブログの衝撃! 課題を突きつけられているのは大人たちの方である

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13歳少女タレントの藤波心さんのブログ記事「批難覚悟で・・・・」(3月23日付)が大きな話題となっている。ツイッターで情報が拡散され、私は藤波さんのことを初めて知った次第である。さっそく彼女のブログを拝読させていただいた。今回の福島原発事故を受けて、原発の危険性について考えたこと・感じたことを、叩かれるのを覚悟の上でのびのびとした文体で堂々と書いている。ぜひご一読いただきたい。私自身つまらぬブログを書いていることもあり、考えさせられるところが大いにあった。

3月26日深夜の時点で1300を超えるコメントが寄せられ、反響の大きさを示している。コメントにざっと目を通したが、内容は賛否両論で、賛成意見や激励の方が反対・非難を上回っていると思う。中立の意見も散見するが数は少ない。ほとんどのコメントが藤波さんよりもずっと年配の大人と見受けられる人たちによって書かれていることが注目に値する。

批判的意見(原発賛成・肯定)の多くは「きちんとした知識がないのに批判するな」「電気が使えなくなったらどうする」といったものや、到底中学生に理解できないような専門用語や経済の話などを持ち出して原発が現実的に必要なのだと説くもの、果ては単なる感情的な罵倒に等しいものも見受けられた。

罵倒は論外として、こうした批判意見の中で、「知識がないのに批判するな」という類の意見は、乱暴なものに思える。そういう批判的なコメントを書く人自身も正確な専門知識を持ち合わせているのだろうかと素朴に思う。素人が発言してはいけないということになると、詰まるところ我々はその分野の専門家でない限り何も発言できないことになる(私も放射能や原発や医療健康といった問題に関してはっきり言って素人である)。13歳の少女にそんなものを要求すること自体にまず無理がある。ましてやこれは学術論文などではなく、個人が気軽に書くブログでのことである。誰も彼女に専門家としての知識や意見を期待して彼女のブログを読んでいるのではないだろう。放射能漏れを起こす惨事となった原発事故がまだ収まらぬ中、率直な感想や考えたことを書くのは批難されるべきことではないと思う(無論特定の個人などへの根拠なき誹謗中傷といったものであれば批判されうるだろうが)。

少女が書いたものの内容を大人が批判することはたやすいことであろうと思う。無論理解が浅いところもあるだろうし、必ずしも正しい知識に基づいたものではない部分もあるのかも知れない。また事故に関する情報が全部国民に明かされているわけでもない状況である。しかし批判的意見では彼女への批判はするのだが、原発が現実に放射能漏れを起こしているという彼女が指摘している重大な事実に関して意見を述べていないものがほとんどであるように思った。

いい歳をした大人が13歳の少女の率直な感想を叩き潰そうとするかのような意見を、誰だか特定できないコメントという形で述べるのは、その内容の是非はともかくとして、大人げなく思え、大いなる違和感を覚えた。選挙権もない子どもたちが萎縮するようなムードを大人が作るのはいかがなものかと思う。自分自身の意見や人の役に立つ知識があるのであれば、自分のホームページを作るなり、運動を起こすなりして、藤波さんのように堂々と主張したらいいと思う。藤波さんが思ったこと、感じたことをブログに書くのは大いに結構なことだと思う。

このコメント欄では賛成・反対双方から様々な意見が述べられており、説得力のあるものも多数あり興味深いのだが、結局のところ、これは13歳の一少女に課せられた課題なのではなく、現在選挙権を有し、社会を動かしている今の大人の世代が真剣に考えるべき課題なのである。我々に求められているのは、こうした少女が抱く感想に対して、専門的にあるいは感情的に批判したり、逆に、彼女を救世主のように持ち上げたりするといったことではなく、彼女の意見をひとつの意見として大人の態度で受け入れ、子どもたちが将来安心して暮らせるように、よりよい社会を形成することを、今の大人たちが知恵を絞って模索することではないだろうか。課題を突きつけられているのは大人たちの方であると思う。

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