マスコミ、官僚、政治家によるファシズムへの暴走(2) 斉藤隆夫除名事件に学ぶべし

「国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない」

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検察審査会による小沢氏起訴相当の議決の発表が10月4日行われた。しかし、この検察審査会による審査と議決をめぐっては次から次へと疑問点が明るみになった。すでに様々なところで疑問が呈されているが、改めて論点を整理すると以下のようになる。まだこれより他にもあるかも知れないが。

1.検察審査会に審査を請求した人物は、検察に小沢氏を告発した「真実を求める会」なる団体の構成員であることがわかったが、その素性・背後関係が不明である。街宣活動を行う右翼団体と密接に関係した団体であるとのもっぱらの噂で、インターネット上では元産経新聞記者の山際澄夫氏や「日本を護る市民の会」(日護会)という右翼団体の代表である黒田大輔氏の名前が挙げられている(山際氏や黒田氏は、もし当事者でないのなら、記者会見でも開き噂を否定されたほうがよろしいと思う)。さらにこれとは別に、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)という右翼団体の代表桜井誠氏が、自身のホームページで検察審査会に審査請求したことを明らかにし、東京第五検察審査会からの受理通知を公開している。「真実を求める会」なる団体は議決発表後朝日新聞のインタビュー記事で「政治的意図なし」と語っているものの、在特会の例もあり、政治的意図がないと考えるのはいかにも不自然に考えられる。

2.第2回議決は民主党代表選挙当日に行われた。代議士投票の直前であったという。議決の情報が事前にリークされていたとしたら、それが議員の投票に影響を与えたとしても不思議ではない。また、もし小沢氏が代表選に勝利していた場合、即座に議決を公表して選挙結果を事実上無効として菅氏サイドは政権に居座るハラではなかったかという指摘もなされている。しかも議決の発表は10月4日になされた。このことから議決だけ代表選に間に合うように急いで行い、あとから議決文を書いたのではないかと指摘されている。また、補助弁護士の選任が議決の1週間前であったというのも非常に不可解である。補助弁護士が選任されてたった1週間で、捜査資料が2000ページにも及びかつ検察が2年もかけて起訴できなかった案件で起訴相当の判断を下せるのか、恐ろしく不自然である。

3.検察審査会の審査員が誰なのか、不明である。会議は密室で行われ、公開されない。会議録をつけなければならないと法令で定められているが、その会議録自体が存在しているのかも疑われている。会議が行われたのかどうかさえも実証できないという。そして極め付けが第2回審査会審査員の平均年齢であるが、当初平均30.9歳と発表されていたのが、「誤り」であったとされ、その後33.91歳と訂正されたが、その計算もおかしいとわかり、それがなんと第1回審査会審査員の平均年齢と同じ34.27歳であると推測されるに至ったのである。そもそも第1回の審査会審査員の平均年齢が日本の有権者の平均年齢から考え若すぎ、くじ引きでそのように選出される可能性が非常に低いことが指摘されていたが、2回もこの同じ平均年齢になるというのは、計算によると100万回に7回以下とか10万回に1回あるかないかなどという驚くべきほどの低い確率であるそうだ。つまり、ほとんど起こりえないような偶然の産物ではなく、人為的に行われた必然の結果であるという疑いを惹起するのである。つまり、第1回と第2回の審査会の委員はくじ引きで選ばれたのではなく、意図的に任命されたのではないか、さらに、第1回も第2回も同じメンバーが審査をしたのではないかという疑惑が当然起こる。

4.さらに、この案件に関しては、法律専門家の間で、検察が小沢氏にかけた容疑が立証不能であるとされ、小沢氏は無実であるということが指摘され続けていた。それにもかかわらず、「市民感覚」なるものによって「起訴相当」という判断が出たことが驚くべきことといわねばならない。第1回目の審査時の補助弁護士の中立性に疑問が向けられたが、第2回の吉田繁実弁護士についても、正しく審査員に説明したのか非常に怪しい。わざと起訴に持ち込むため恣意的に議論を誘導したのではないかと疑惑を向けられている。そして、議決文自体が、審査案件とは関係のない容疑まで付け加えられ、無効であると指摘されている。吉田弁護士は直ちに説明をするべきである。吉田弁護士に対しては、宮崎学氏ら国民有志が懲戒請求を行っている。

さて、検察審査会の議決に関する疑惑をここまで書いてきたが、これはすでに読者の皆さんはとうにご存知のことばかりであろうと思う。

小沢氏は自民党政権下の国策捜査で罠に嵌められたのが実情であろうと思う。民主党政権誕生後も官僚政治打破を目指す小沢氏を追い落とすため、マスコミ・官僚と一体化した旧体制グループは検察が起訴を断念した後も擬似右翼までも使い小沢氏の案件を長引かせ政治的に抹殺しようとし、そして菅氏参謀で弁護士出身の仙谷氏がその陰謀に乗って利用したというのが理解しやすい。このことは今後明らかにされるかも知れないし、そのまま闇に葬られるかもしれない。しかし、上記に挙げた検察審査会議決をめぐるおびただしい疑惑を説明するよりも、この陰謀という仮説の方がはるかに容易に説明がつく。

事実、議決が発表された後の、マスコミ及び小沢氏の政敵とされる政治家たちの反応を見るとその滑稽さが浮かび上がる。マスコミは議決が発表されると同時に、村木氏冤罪事件があった直後であるにもかかわらず、検察の捜査や検審の疑問点に全く触れず、推定無罪の原則などどこ吹く風と、朝日新聞を筆頭に小沢氏に議員辞職を迫っている。大手マスコミの外部から検審への疑惑や疑問が指摘されてもなお、離党やら証人喚問やらを迫り、小沢氏に集団リンチを仕掛け、悪者として描き、政治的にレイムダックに追い込むことに必死である。

そしてこれに輪をかけて許しがたいのが、小沢氏に議員辞職、離党、証人喚問や政治倫理審査会出席等を強要する国会議員たちである。共産党までもが自民党、公明党と共に証人喚問を要求しているのには驚かされた。これらの議員のほとんどは小沢氏にかけられた嫌疑が「期ズレ」のみで、かつ検察は起訴できないので断念した案件であることを十分知りながら、党利党略や利害関係で小沢氏を追い詰めている。有罪か無罪かなどは二次的な事柄であり、案件を長引かせマスコミを使って小沢氏を悪者としてさらし者にし、政治的に抹殺しようとしているのである。これは言論弾圧に等しく、議会制民主主義に対する挑戦である。「辞職せよ」などという政治家こそ議場から去るべきなのである。国会議員がまず追及しなければならないのは、一連の検察による捜査と検審の疑惑についてである。小沢氏はこのような馬鹿げた要求に断固として屈してはならない。

さて、やっと斉藤隆夫氏の話になる。(別に小沢一郎という政治家が斉藤隆夫に似ているなどというつもりはないということをまず断っておく)

私は現在の日本を取り巻く空気が太平洋戦争前夜の日本の雰囲気に似てきていると思うのだ。

斉藤隆夫は台頭する軍部、ファシズムに抵抗した数少ない政治家の一人である。斉藤は民政党系の政治家であるが、多くの政党政治家たちが軍部に屈し、あるいはおもねるようになっていく中、「腹切り問答」で有名な政友会の浜田国松、無産政党系の加藤勘十と共に党派を超え反ファッショ・自由擁護の論陣を張り、政党政治家の気骨を見せた。斉藤は1935年「陸軍パンフレット」批判、1936年「粛軍演説」、1938年国家総動員法に関する質問などを行い、そして1940年2月2日、歴史に残る「支那事変処理中心とした質問演説」(反軍演説)を行った。演説は途中ヤジでかき消されることもあったが、演説の最後は議場内に沸き起こる拍手と共に締めくくられた。ところが、政友会、社会大衆党や軍部に迎合する政治家たちによってこの演説が問題化され、演説から1ヵ月後斉藤は帝国議会を除名される。この時除名に反対したのは芦田均などわずか7名であった。近衛文麿による新体制運動の延長で全ての政党は解消し、同年10月大政翼賛会が結成される。1932年の5・15事件で政党内閣は終焉し、この大政翼賛会の結成をもって政党そのものが終焉したのである。(なお斉藤は太平洋戦争が始まった翌年の1942年の総選挙に翼賛協非推薦で当選し議会に復帰している)

「言論の圧迫に遭うて、国民的意思、国民的感情をも披瀝することができない」

「国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない」

斉藤は反軍演説でこう訴えた。しかし、軍部ファシズムに迎合した政治家たちは斉藤を除名することでさらに言論を圧迫することに加担し、自ら政党政治そのものを終焉させ、議会政治を自滅させたのである。この斉藤の除名は日本の議会政治史上最大級の汚点となった。

現在の日本の政治家には猛省を促したい。マスコミはジャーナリズムを放棄して久しく、もはや救いがたい状況になってしまった。昨今の状況は日本の民主主義を実質的に破綻させる方向に突き進んでいる気がしてならない。気骨ある政治家は日本を取り巻く異様な空気、隠れた権力に迎合せず、議会制民主主義を守るために毅然とした態度を取らなければならない。

 

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